もう行くことのないお墓参り

3連休明け。

と言っても、そもそも曜日感覚のない生活をしている私。

 

どうやら世間では、この3連休から

最長9連休の夏休みという人がいるらしい。

そうか、そんな時期なのね。

 

今日、近所を歩いていたら

お寺さんから卒塔婆と仏花を持った人たちが出てきた。

 

あ、お盆だ、と気づいたけど

よく考えたら週末は私も町会の盆踊り大会だった。

めっちゃ「盆」だ。

 

 

さて、お寺さんの駐車場にはたくさんの車が停まっていた。

平日だけど人がいるところに

夏休みなんだということがわかる。

 

小学生の頃、お盆は母の田舎の新潟に行っていた。

私は母の実家のお盆が好きだった。

 

埼玉の家では、お盆と言っても

昼間にお墓参りをするだけなのだが

母の田舎では、お盆は夜にお墓参りをしていた。

 

蝋燭に灯りを灯した提灯をもち、

決して近くはないお寺のお墓まで、従兄弟たちと

浴衣を着て歩いていく。

 

夏の新潟は、吹いてくる風に稲の香りがしていて

それが私には「新潟の香り」だった。

 

母の実家のお墓は、昔話の

三枚のお札に出てきそうなお寺にあった。

 

今の霊園のような整然としたお墓ではなく、

敷地のあちらこちらに墓石が散らばっているような古い墓地で

灯りは手元の提灯しかなく、

本物の肝試しのような場所であった。

 

けれど他にもお参りに来ている人たちはいたので

あちらこちらでぼおっと見える提灯が

物語の世界のようで美しかったのを覚えている。

 

お墓を出たあとは、さらに

あちらこちらと大人の後をついて歩いていき

蝋燭がもう消えそうという短さになったところで帰宅。

 

火をふうっと息を吹きかけて消すと

ああ、今年もお墓参りが終わったと

寂しく思ったものだ。

 

あの非日常感を、埼玉しか知らない息子たちにも

体験させてあげたいと思ったけれど

祖父母は亡くなり、とうに墓じまいもし、

今ではもう、あのお墓参りをすることはできない。

 

私の中の懐かしい、お盆の思い出だ。