「ちょっとその辺、散歩してくる」
と認知症の母が言うので
「じゃあ、私も一緒に行くよ」と言うと
「そう?」と嫌がる感じでもないので一緒に外に出る。
5年前まで母は毎日1時間は歩いていた。
私は散歩だと思っていたのだが
あとから聞いたら本人としては「ウォーキング」だったらしい。
健康を気にして歩いていたらしい。
だから、足腰はそこそこ丈夫。
でも今、母が一人でに行ったら
ウォーキングでも散歩でもなくなってしまう。
ただ母と歩くだけなんて
何十年ぶりのことだろう。
とはいえ「どこに散歩に行くの?」と聞いても
どうしようかねえと、特に目的地はないらしい。
「じゃあ、そこのお寺さんに行こう」と
歩いて10分のお寺さんに誘ってみる。
母はすれ違う人全員に「こんにちは」と声をかけていく。
みんな、知らない人だけど。
こんにちはと返事をしてくれる人もいれば
無視していく人もあり。
別に母は、おしゃべりが好きな性格ではないのだが
声をかけるのは当たり前でしょと言わんばかりに声をかけていく。
私が子供の頃から変わらない。
今月初めに、母の件で警察から連絡があったが
(母がご近所のお子さんに何度も話しかけると
警察に苦情がありました)
以来、あいさつとはなんだろうと考えてしまう。
あいさつって
すればいいものではないし、
しなくてはいけないものではない。
あいさつは
今、目の前にいる、その人の存在を認めていること。
今、自分はここにいますよと伝えるもの。
周囲にいる人も自分も心地よく過ごすのに
あいさつは大事なツールでもあると思う。
お寺にはまもなく咲きそうな蓮の花が。
泥の中から美しい花を咲かせる花は
仏教のシンボル。
混沌とした世の中でも
清らかな心を持つように、
そう在りたいと思う。